ぶっき Library... 今さら自筆原稿流出事件(前編)

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今さら自筆原稿流出事件(前編)

図書館で『文藝春秋』4月号を目にしたので、一頃話題になった自筆原稿流出事件に関する村上春樹の寄稿「ある編集者の生と死-安原顯氏のこと」を読んだ。

ご存じ無い方のために簡単に説明すると、故安原氏が(その筋では有名な編集者、批評家だったらしい)、編集者として手に入れた村上春樹の自筆原稿を無断で売却していたらしい、という事件。

『文藝春秋』4月号が出回ったのは今年の3月。3ヶ月遅れの話題。まあ、新刊本を採り上げることが稀な当ブログとしては、3ヶ月程度のタイムラグはどうということは無い(笑)。

この事件やこの記事のことは3月の時点で聞き知っていた。記事は読まなかったが、ネットで盛んに言及されていたので、あらましは知ることが出来た。その頃に記事を読まなかったのは、ゴシップには興味が無かったから(関係者にとってはゴシップで片付けられないことかもしれないけど)。
で、このたび目を通したのは、事件とは別の興味から。



ここで話はガラリと変わるけれど・・・

三人称語りでは、作家は自ずと超越者=神の視点から物語世界と関わることになる。一方、一人称語りでは、作家の視点は特定の登場人物にチューニングされる。特に、村上春樹の語り手は、報告者・観察者ではなく物語の中心人物なので、語り手の自意識が物語世界の根幹をなすことになる。
このやり方は、読者を語り手の内面世界に誘い込みやすい反面、ある意味無防備で、作家自身の甘えとか弱さを曝け出して興を殺いでしまうリスクがある。そういう例は、彼の模倣者たちの作品に少なからず見受けられる、と思う(もっとも、それを魅力と感じる人もいる)。しかし、村上御大の作品ではそれを感じない。

甘えとか弱さを垂れ流さないためには、人格を鍛え上げるか、一人称語りを用いながら、複眼的に超越者=神の視点と語り手の視点を使い分けられる知的・精神的強靭さが必要なのではないか。

初期~中期の村上作品の「僕」ないしは「ぼく」は、自分の価値観や美意識に固執する意固地な人間。当然周囲とのズレやすれ違いが生ずる。ここからがこの作家らしいのだけど、「僕」ないしは「ぼく」は、そのズレやすれ違いをまっすぐに受け止め、傷ついたり悲しんだり落ち込むけれど、それによって自己批判も他者攻撃もしない。ただ受け容れて消化する姿勢には、人とか社会に対する諦念みたいなものが漂っていて、そのことに不快を覚える読者はいるかもしれないけれど、少なくとも作品として独善や自家撞着には陥っていない。ゆがんでるけど(私見)、姿勢として筋は通されている。
一方『ねじまき鳥~』以降の登場人物たちは、成し遂げるためと言うよりも、守るため、自由のために戦う。この戦いの構図で特徴的なのは、敵や戦いそのものが観念的・抽象的に描かれていること。勧善懲悪劇ではなくても、観念化・抽象化された敵は自然と読者の目に「悪」と映るので、主人公の側の正義をすんなりと受け容れることになる。

というように、主人公たちのキャラや作品の価値観は生臭そうに見えるけれど、それが臭わないように周到に防御壁が設けられている。もう少し噛み砕くと、「僕」ないしは「ぼく」みたいな人物と現実に接したら、不愉快な思いをするか、それ以前にコミュニケーションが成立し無さそうだけど(あくまで私見)、小説の登場人物として接している限りにおいては、さして不快ではないし(違和感くらいはあるけれど)、ときには感情移入してしまう。
やり方に対する好き嫌いは別にして、作家としての頭の良さなのだろうと思う。


さて、このことが冒頭の寄稿とどうつながるのか、だけど・・・

自筆原稿流出事件は現実の出来事だから、ただ受け容れて消化するだけでは済まないかもしれないし、敵(?)は実在した人物で、観念的な存在でも抽象的な存在でもない。
フィクションを通してしか村上春樹を知らないわたしは、彼の知らない一面がこの寄稿の中に見つかるかも、という興味を抱いた。


後編はこちら
bungeishunju.jpg

  1. 2006-06-29 02:13:22
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