ぶっき Library... 罪と罰 (ドストエフスキー)

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罪と罰 (ドストエフスキー)

世界的に評価の定まった作品なので、好きなポイントに絞ってコメントします。それでも長ったらしくなりそうですが(笑)。未読の方に少しでも興味を感じてもらえたら幸いです。

“純文学並に人間描写にこだわった娯楽作品、というのがわたしのツボ”というフレーズを過去に使いました。『罪と罰』を娯楽作品と呼ぶのは無理があるかもしれませんが、わたしの中ではこのタイプの傑出した作品です(そういう読み方をしています)。

この作品はシンプルな倒叙ミステリーになっていて、すなわち先に犯行の模様が描かれて、それが暴かれていきます。謎解きそのものよりも、それが解き明かされていくプロセスとその中での心理描写に重きが置かれます。主人公ラスコーリニコフの犯罪はかなりの偶然に支えられて成立しているので、ミステリー的な興味から読むと肩透かしになりますが、駆け引きや心理戦は最高レベルのテンションに達していて、それが強力なドライブ感を生み出しています。

じゃあどのあたりが文学しているのかというと、犯行動機とかその後のラスコーリニコフの心理の演出とか。動機そのものは貧しさから血迷っただけというありきたりなものですが、その血迷い具合とか葛藤の描き方が半端じゃないというか大変なことになっています。

手法としては何の変哲もない三人称語りを採りながら、モノローグとか会話がやたらと長くて、その中に心の動きとか人柄なんかもたっぷり盛り込まれていて、その1つ1つがあたかも一人称自分語りのような圧力で迫ってきます。もちろん登場人物は複数いますから“多重一人称自分語り”とでも称したくなるような様相を呈していて、要するに〇人称語りというような方法論を吹っ飛ばしてしまうほどにパワフル。

この作品のトーンを特徴付けているのは、熱に浮かされたような狂気。主人公が始終血迷っているということが大きいけれど、それだけじゃありません。貧しい登場人物たちはプライドとかアイデンティティを打ち砕かれたりあるいはそれらを押し殺したり、富める登場人物たちはエゴの塊となったり虚無的になったり。そんな彼らが前述の“多重一人称自分語り”で激しく自己主張してきます。まともな登場人物もいるにはいるけれど、全体として不穏な空気が充満していて、しかも一触即発の緊迫感がみなぎっています。
いや、みなぎっているだけではなくて何度となく炸裂します。夏の花火みたいにパンパンと。特にヒロイン(ソーニャ)の継母の発狂は身の毛がよだちました。

終盤に入ると、単独でも文学史に残りそうなクライマックス・シーンが怒涛のように連発されます。緊迫の限りが尽くされたラスコーリニコフ(主人公)とポルフィーリイ(いわゆる刑事役)の心理戦、ハードボイルドなタッチで描き出されるスヴィドリガイロフの死(個人的には作品中最もカッコイイ場面だと思う)、葛藤することの苦しさと哀しさが美しくも激しく描き出されたラスコーリニコフとソーニャの対話、そして胸が締め付けられるような幕切れ。

キャラは滅茶苦茶濃くて、読了後も長く心にとどまります。個人的にスヴィドリガイロフとソーニャがとりわけ忘れ難い存在。

初めて読む人にとって、ロシア独特の人名呼称の複雑さ(慣れるまで誰が誰やら分かりにくい)と延々と続くセリフが障害になりそう。物語自体は比較的シンプルなんですけどね。読むには相応のエネルギーと時間が必要です(こんなこと書いたら未読の人は興味失うか・・・)。ちなみ新潮社文庫の翻訳は文章が生硬いです(そんなに支障はないけれど)。
それと、エピローグで示される結末の“解釈”が問題になるかも。宗教がからんでくるから。わたしなりの理解を下に付けましたので、もしかしたら参考になるかも。

《テーマに関して補足》
この作品のテーマは「愛」。恋愛とか性愛ではなくて、それらをひっくるめた「広義の愛」。ラスコーリニコフとソーニャの間には恋愛感情が存在するだろうけれど、二人の言動を恋愛の理屈のみで読み解こうとするとたぶん脱線してしまいます。
ドストエフスキーは彼が考えるところの「広義の愛」を直接的には語らず、ソーニャを通して表現しています。セリフとして語らせるよりも、体現させています。
わたしのような無宗教な読者に彼女の信仰は理解し難いものがありますが、ただしこの作品では信仰すること自体よりも、信仰によって得られる「広義の愛」がメインなので、歯が立たないということはないと思います。

それから、ラスコーリニコフのキャラに関して、セリフだけを追いかけていくとたぶん脱線してしまいます。彼のセリフはしばしば尊大で利己的だけど、その行動や態度(たとえば母妹やソーニャの家族に対する)が「広義の愛」の芽を繰り返し暗示していると考えます。彼は、単なる血迷った犯罪者としてではなく、葛藤そのものとして描かれている、と思います。
もちろんエピローグでは彼の中で「広義の愛」が花開いたということでしょう。
tsumi-batsu.jpg
  1. 2006-05-03 11:11:39
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