言わずと知れた芥川賞受賞作。
前作『インストール』から一気に飛躍して、立派な日本的純文学作品に仕上がっています。定番のウジウジとした世界(笑)。
『蹴りたい背中』のどんなところに純文学作品としての進歩を感じたかと言うと、前作『インストール』と同じくらいこじんまりとした世界ながら、人間の微妙な心理に対する洞察と表現が格段に鋭く深くなっている点です。
主人公のハツはにな川というオタク系男子に好意を感じているのだけれど、好きという気持ちが背中を蹴りたいという衝動となって表れます。SMに目覚めつつあると言うことではなくて(ハツが攻撃的なキャラであるのは間違いないけど)、孤独で息苦しい高校生活の中で唯一心を許せる存在であるからこそ、にな川に鬱屈した感情や近親憎悪めいた感情をぶつけたくなってしまうというところでしょうか。そんな、自分の内側で湧き起こる思いがけない感情やら衝動やらに翻弄される不器用な女子高校生の心理が活写されています。言動に表れているけど気がついていない、気がついているけど理解していない、理解しているけど言動に結びつかない、というような微妙な状態がしっかりと捉えられています。
これは、ハツとにな川の交流の描写だけでなく、高校でのハツの鬱屈した日常の描写にもあてはまります。
ただし、主人公のストレスフルな日常描写が大半を占める楽しくない作品なので(笑)、個人的には読み手の気を逸らさない程度にきわどい演出(エロという意味じゃないよ)が欲しかったです。淡々とし過ぎているように感じました。
文章とか演出の巧拙はともかくとして、作者のクールで理知的でかつ対象から逸れることの無い目線を感じました。とかく目を背けたくなる心の闇の部分とか看過しがちな微妙な揺らぎを直視し、じっくりと描き上げる強さと集中力があります。わたしはそれらを息苦しく感じますが、この息苦しさは純文学として“ホンモノ”の証であると思います。
それが芥川賞という大きな看板に見合うのかは、わたしには判断できませんけど。

- 2006-05-03 11:09:04
- 綿矢りさ
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アイドル化しているらしい芥川賞作家がいることを先日知って、手に取ってみました。本好きの方々にとっては今さらって感じなんでしょうけど。
こちらは芥川賞受賞作ではなくて、史上最年少17歳で文芸賞を受賞したデビュー作の方です。
学校生活に嫌気がさしていた女子高校生がバーチャルの世界にのめり込むんだけど、結局眼が醒めて改めて現実世界に眼を向ける、というお話。常識的でこじんまりとした展開。のめり込んだバーチャルの世界がゲームではなくアダルトサイトのチャットというのが捻りと言えなくは無いけど、21世紀的には「今さら・・・」というテーマ。
しかし小説ではテーマよりそれをどう扱うかが大事です。
1人称の語り口はパワフルと言うほどではないけど、流暢で能弁。心理描写は深かったりドラマティックということはないけど、登場人物が少ないとは言え活き活きと描かれている。ストーリー展開は地味で淡々としているけど、読み手の気は逸らさない。新鮮でもセンセーショナルでもパワフルでもないけど、安易でも安っぽくもない。と言う具合で、突き抜けた要素は無いかわりに、すべての要素に目配りされています。作家としてのアタマの良さを感じさせます。
若い作者だけれど、感性の瑞々しさとか軽やかさみたいなものはあんまり感じませんでした。視点の置き方とか感性は普通な感じ。そのかわりと言ってはなんだけど、まだきちんと形にはなっていないけど、いい意味での“毒”があった。物事を感覚で捉えるより、理知的に見つめるタイプかな。
作品単体としての感銘度はぼちぼちだけど、押さえるべきところは押さえられていて、なおかつ読み手を退屈させないから、これを書いたのが17歳となると、業界の人たちが何らかのお墨付きを授けたくなるのは理解できます。

- 2006-05-03 11:08:34
- 綿矢りさ
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