多島斗志之の『汚名』が文庫化に伴って『離愁』に改題されたみたい。やめてくれよな〜、とは思ったが、新タイトルはいささか感傷的に過ぎるものの、旧タイトルよりは作品の雰囲気に相応しいかも。中身には相応しいのか?
語り手の調査によって一人の女性(語り手の叔母)の生き様が浮かび上がる、というタイプの作品。調査のプロセスにスリルは無いけれど、とにかく多島斗志之による女性描写の素晴らしいこと!読んでからしばらくたちますが、今でもその感触は鮮やかに残っています。地味ながら忘れ難い作品。
『汚名』の感想は
こちらです。
- 2006-05-01 19:23:51
- 多島斗志之
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これは随分渋い作品です。
第二次大戦中の事件が題材に採られていますが、多島版『女の一生』とでも称すべき内容と感じました。
叙事的なスタイルで書かれていたら大河ドラマになりそうですが、叔母の足跡を辿った報告という形式をとることで、一人の女性の生き様に焦点を絞っています。叔母自身による情報は一切無くて、彼女と関わった人々(あるいは彼らの遺族)からの伝聞をもとにその生き様が再構成されていきます。
明らかになる叔母の生き様はそこそこ波乱に富んでいますが、語り口は静かで淡々としています。語り手は50代の作家という設定で、執筆当時の多島氏と被ります。肩の力が抜けた、熟年っぽい空気が流れています。
印象的なのは作者のいつくしむような叔母の描写。こんな女性を描きたかったのか、あるいはこんな風に女性を描きたかったのかは分かりませんが、清濁併せ呑んでの肯定的な眼差しが印象的です。
浸透してくるような描き方で、読了後しばらく、あたかも実在した人物であるかのようにその叔母のイメージが残っていました。
最後にちょっとしたどんでん返しがあります。こういう落とし方をするのだったら、もっと伏線となるエピソードが欲しいと感じましたが、このどんでん返し自体オマケみたいなもんなのでしょう。

- 2006-05-01 19:22:41
- 多島斗志之
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『症例A』と『汚名』の2作品を読んだだけですが、多島氏の洗練された作風に魅力を感じます。特に文章の魅力。といっても、文体の個性で勝負している作家ではありません。語り口で読み手を牽引したり煽ったりしないで、物語そのものに語らせるようなアプローチなので、透けてしまうくらい無個性な文体。
一口に物語そのものに語らせると言っても、『症例A』と『汚名』を読む限り、題材自体が内包しているドラマを浮かび上がらせて筋道をつけていくようなスタンスです。演出は必要最小限度。文章は贅肉や癖が限りなく削ぎ落とされ、明解さと読みやすさが追求されています。盛り上がる場面でも、ひたすら淡々と物語内での出来事を語るのみ。そこに物足りなさを感じることがまったく無いとは言いませんが、とにかく潔いし、気負いや気取りや衒いや思い込みとは無縁の冷静で落ち着いた眼差しが好ましく感じられます。
文章とか描写の魅力がとりわけ光るのが女性の描写。会話とか科白ではなくて、地の文で描写される女性の存在感が伸びやかで魅力的。幻想とか甘え抜きで、男性が女性に感じる存在としての魅力が簡潔かつ効果的に表現されています。
この作品で描かれる女性たちはいずれも心に闇を背負っているので、のどかに描写を堪能する雰囲気ではありませんが、患者の少女の描き方なんてかなりの優れものだと思います。
『症例A』は多重人格(解離性同一性障害)を扱った作品です。テーマに対する切込みは深く、読後いろいろと考えさせられます。主人公が先輩の精神科医から多重人格(解離性同一性障害)の何たるかを知らされる一場面に延々100ページが費やされていて(全体の5分の1)、作者の力の入り方は推して知るべしです。
しかし、この作品が見事なのは、精神医療の最前線にいる人々がリアルに描かれていること。将来医学的な記述が風化したとしても、この人間描写は色あせないと思います。手探りで仮説に仮設を積み重ねるしかない心もとなさ、人間を相手にしているだけに理性的であろうとしながらも犯されていく危うさ、自らの心の闇を予感するからこそ精神医療に身を投じ、その挙句に心を侵食されてしまう怖さ、心の病のつかみ所の無い恐ろしさなどなどが、ストーリーの進行に伴って自然と読者を押し包んでいきます。
博物館の謎と精神科医の死亡というミステリーとしての仕立ても織り込まれています。隙の無い展開で一気に読ませてくれますが、冒頭で述べたとおり派手な演出はないし、テーマがテーマだけに100%のカタルシスは用意されていません。そういうとってもシリアスな作品です。

- 2006-05-01 19:21:48
- 多島斗志之
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