『袋小路の男』『小田切孝の言い分』『アーリオ オーリオ』の3編が収録されています。
絲山さんの主人公たちは、精神病を含めて屈折気味であることが多いのですが、彼らの人物とか人間模様をサバサバと語ってしまうのが、この作家の持ち味と思います。読み始めたら、小気味の良いペースに巻き込まれてしまいます。
一方で、しばしば内面とか人間関係の掘り下げは浅く感じられます。
『袋小路の男』と『小田切孝の言い分』は連作になっていて、一組の男女の、友だち以上恋人未満な微妙な(あるいはウジウジとした)関係が、異なる切り口で描かれています。二人の間に漂うやりきれなさが、気配としては伝わってくるのだけど、深まっていきません。もっとエピソードに工夫を凝らすなり、描写の密度を上げるなりして、二人の内面を浮き彫りにして欲しいところ。
また、『袋小路の男』ではつかみ所の無い男の内面が『小田切孝の言い分』で明かされるけれど、連作にしたことの効果が今ひとつ。「あのときの〇〇は、そういうことだったのか!」みたいな瞬間が、無いとまでは言いませんが、感銘するほどのインパクトはありません。
それ以前に、『小田切孝の言い分』の、感じ取らせるより地の文で説明してしまうスタイルにちょっと興醒め。まるで『袋小路の男』の解説編みたい(コンセプトはそうなのだろうけど)。好みと言われればそれまでだけど、丹念にエピソードを積み重ねて微妙なことまで表現してしまう川上弘美さんの文章を思い浮かべてしまいました。
主人公と姪の心の触れ合いが描かれた『アーリオ オーリオ』も同じパターンですが、内容のウジウジ度が低い分、中身と語り口の調子が揃って、より快適に読めました。
絲山さんについては、語り口の小気味よさと中身の素っ気無さは表裏一体のようです。『逃亡くそたわけ』みたいに動的な作品の方が、この人の特徴が活きるのではないでしょうか?
- 2006-04-30 06:25:27
- 絲山秋子
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第134回芥川賞受賞作ですね。
単行本ではなくて、『文芸春秋』誌で読みました。図書館で。
短篇だし、読みやすいので短時間で疲労感も無く読了。
これより前に刊行された絲山さんの本は3冊しか読んでいませんが、純文学としてはどうかな?というのが正直なところです。読んだ3冊は、いずれも人間心理の微妙なところ、深刻なところが扱われていますが、響いてこないんですね。もともとサラッとしたスタイルの作家だけど、肝心要の部分までサラッとやってしまうところを見ると、突き詰めた表現は苦手なのかも。ご本人は純文学を志向しているようだけど、才能の質としてはエンタメ向きではないかなぁ、というのがここまでの印象。
まだ読んでいない絲山作品が少なからずあるので、ひょっとしたらわたしが見過ごしている何かがあるかも、と『沖で待つ』を読んでみたわけですが・・・男女の友情という微妙なところを扱った作品ですが、やっぱりこれはわたしが知っている絲山さんでした。というか、純文学としてもエンタメ小説としても地味な部類で、短編集の“付け合せ”程度かも。
それと、『海の仙人』での神様もそうだったけど、この作品の幽霊ははずし気味で、この種のファンタジックな演出は不得手かも。読み手の興味をそそる効果はあるけど、こういうのではずしてしまうと、シリアスな部分が茶化された形になって、作品が安っぽくなってしまうんですよね。
芥川賞に相応しいかどうかなんて分からないけど、最近読んだ芥川賞受賞作品、たとえば『蹴りたい背中』(綿矢りさ)とか『蛇にピアス』(金原ひとみ)とか『ハリガネムシ』(吉村萬壱)なんかに比べると、かなり見劣りします。

- 2006-04-30 06:25:09
- 絲山秋子
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この作家の本はこれで3冊目。
とりあえず面白いです。ノリノリで一気に読み上げてしまいました。読後感はやや不完全燃焼ながら、エンターテイメントとしてはかなりイケてます。
精神病院から逃げ出した一組の男女がひたすら車で九州を縦断するだけなのですが、二人のやりとりが楽しいし(方言はちょっとやりすぎ?)、二つの結末(逃避行の結末と、二人の関係の結末)が気になって最後まで眼が離せませんでした。
精神病の症状の表現はなかなかの優れモノです。「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」とは伊坂幸太郎氏の『重力ピエロ』に出てくるセリフですが、『逃亡くそたわけ』はこれを地で行っています。「陽気に伝えるべき」というよりは「陽気に伝えないとやってられない」って感じかな?これに比べたら本家なんて・・・(粘着ですいません)。
不完全燃焼だったのは逃避行が物理的にも心理的にも平板だったこと。
この作品の面白さは主役の男女のキャラと九州縦断逃避行という状況設定で尽きていて、逃避行中の出会いとか事件とかは無いに等しくて(あっても印象が薄い)、主人公の心の部分でも、いろいろ深読みできなくは無いけれど(個人的に深読みは嫌い)、ちゃんと描けているのは「軽く気晴らししました」程度。
物語の性格上派手な展開は期待していなかったけど、それにしても尻すぼみな感じが残りました。

- 2006-04-30 06:24:42
- 絲山秋子
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『イッツ・オンリー・トーク』『第七障害』の2編が収録されています。
インプレはデビュー作『イッツ・オンリー・トーク』のみです。
主人公はかなりヘビーな状況に置かれています。躁鬱病で社会的なもののほとんどを失い、気軽にセックスするくせにフツーの優しさにひどく飢えていて・・・・・・
彼女は、自分の感情が信用できなくて、衝動的に行動した結果の身体の反応しか当てにできない、という状態になっていて、そういう狂おしい感じがさまざまなエピソードにおいて実体化されています。
救いのないお話ですが、主人公本人の淡々としてさばけた語り口のせいで、重苦しさは緩和されています。意外なくらいスンナリと読めました。とは言え、感情を切り離してしまった主人公に相応しい語り口のようにも感じられて、そう考えるとこれはこれでリアルです。
しかし、破天荒な展開のわりに凄みがありません。過激なエピソードはあるんだけど、主人公の虚無的に部分がむき出しにならないままに終了してしまいます。今ひとつ様になっていないような・・・

- 2006-04-30 06:24:12
- 絲山秋子
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重いテーマ(ざっくり言って“孤独”)を軽やかに描いていて、すんなり読ませるところは魅力です。さっぱりした語り口とファンタジックでユーモラスな薬味が効いているようです。
でも、テーマの重さとスタイルとしての軽さが上手く噛み合っていないように感じました。
“孤独”、それも一時的な感情としてではなくて人として生きるからには不可避な“孤独”、というシリアスなテーマを扱っているのですが、この作品のどこにも痛切な孤独感がありません。せいぜいほのかに寂しさ、切なさが漂う程度なんです。ほんの一瞬でもいいから孤独の痛切さを垣間見せて欲しい、というか、こういうテーマを選んだ以上その一瞬を作れるかどうかが勝負だと思うんですよ。
“絵に描いた孤独”に終わっているようで残念でした。
踏み込みの甘さは登場人物の描き方に顕著だと思います。
たぶん、主人公に惚れている元同僚の女性(片桐)の視点で読めると面白いんだろうと思います。活き活きとして感じられたのは彼女くらい。極論すれば面白いのは彼女が出てくる場面のみ。
それ以外の登場人物は・・・・・・(以下ネタバレ)
主人公に関しては、作者は彼の言動をなぞっているだけで、気持ちが伝わってきませんでした。特に中盤、ファンタジー(神様的な登場人物の名前)を失うことに恐れを感じる場面や、姉との再会を巡る一連の場面はあまりの薄さに退いてしまいました。
説明するだけじゃなくてセリフや行動や態度から読者に感じさせなきゃダメだと思う。
後半、恋人(かりん)が癌に倒れてから亡くなるまでのくだりでは、主人公こそまともになったけど、ここでは前半から登場している彼女を表面的にしか描けていなかったことのツケが回ってきてて、結局は盛り上がり切れません。
四十歳前後の独身キャリアウーマンで、家族と疎遠で、恋人がいなくて、手を触れようとしない自己中な主人公に会うために遠路はるばる通ってくる。そんなかりんの心のうちが、内に秘められた苦しさとか切なさとか寂しさとかがまったく胸に迫ってきません。
ファンタジーという名の神様的な登場人物がいて、こういうアイディアは個人的に好きだし、とっても愉快なキャラなんだけど、演出上は活きてなかった。単なるマスコットでした。それでもいいのかもしれないけど・・・
たぶん、重いテーマを軽やかに描いて、スイスイ読めるんだけど手応えがある、みたいなことをやろうとしているんじゃないでしょうか。うまくいけばカッコイイのだけれど、相反することを両立させようということだから難易度は高くなるはず。かりんの発病〜病死あたりは作者の頑張りが伝わってきたけど、全体的には軽さと重さがすれ違っているように感じました。

- 2006-04-30 06:23:21
- 絲山秋子
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