この人の本はこれで4冊目。
初めの2冊でアレルギー反応。しかし、3冊目の『いま、会いにゆきます』がなかなか楽しめたので、気を良くして本書にチャレンジしたのですが・・・頭を抱えてしまいました。
誤解の無いように断っておくと、作品そのものに対して頭を抱えたわけではありません。4冊目ともなると、期待以上にせよ以下にせよ、動揺するほどに意外ということはそうそうありません。では何ゆえに頭を抱えたかと言うと、ちょうど伊坂幸太郎の『重力ピエロ』を読んだときと同じようなディレンマに対して。
『重力ピエロ』で伊坂幸太郎の幼稚な自己中心性に辟易したわたしは、この作品への賞賛の声に戸惑いました。「なぜ多くの本読み人たちは平気なのか?」
解釈の差が出にくいプレーンな作風だけに、この戸惑いは実存的。
『そのときは彼によろしく』は、主人公=語り手の幼馴染花梨が「そろそろ行くことにする」と告げるまで、つまり66.5%過ぎ頃まではなかなか良かったです。ところどころでカッコ良さを意識しすぎた空疎な直喩が気になったくらいで(春樹チルドレンたちのおかげで耐性できました)、子供時代の回想シーンの抒情性と主人公&花梨が繰り出すラブコメ風ユーモアがうまく溶け合って、心地良い気分に浸らせてくれました。それで、終盤に向けてかなり期待が膨らみました。
しかし、花梨が別れを告げて以降は・・・主人公の幼児性と、それを甘やかす市川拓司にうんざり!
市川作品の主人公たちは押し並べて気弱で受け身。揃いも揃ってということは、たぶん作者の分身的なキャラなんでしょう。
気弱で受け身であることは悪ではありません。わたしも気弱で受け身な人間なので、そんな理不尽を言うつもりも言われたくもありません。
でも、人との関わりの中では、気弱が無責任になったり、受け身が事なかれ主義に陥ってしまうことがあります。実際、この主人公の後半33.5%の言動はそのようになっています。彼が自発的にやるのは、旅立つ直前の花梨とのペッティングくらいで(これもかなり受け身だけど)、後はひたすら受け容れて待つだけ。
そして、市川拓司は、主人公に都合のいいように、結婚紹介所で知り合った女性から交際を断らせたり、父親に花梨との仲を取り持たせたり、人と人は強い力で引き合っているから座して待っていても再会できる、みたいな調子のいい人生観をでっち上げたり・・・(以下略)。とにかく、脇役たちを総動員して乳母のように甲斐甲斐しく主人公の面倒をみます。その主人公は、作者の分身なわけで・・・
市川作品で主人公が母親に甘えるシーンは記憶にありませんが、マザコン臭がプンプンします。「男は誰しもマザコン」みたいな一般論をはるかに超えたレベルで。恋愛に対する態度は、ゆりかごでママのミルクを待つ乳児と変わるところがなく、そんな願望をバーチャルに実現し、かつ正当化することが、この作家のモチベーションのようです。
市川拓司の純愛とは、(主人公に対して)惜しみなく与えられる母性的な無償の愛と肉欲との歪な合成物。純愛に擬装された依存と執着。
小説が妄想の産物としても、わたしにはこういう妄想はキモイです。久々に味わったこの不快感は・・・『パイロットフィッシュ』(大崎善生著)に通じるものがあります。
でも巷での評判はなかなか良いみたい。わたしは人一倍マッチョな人間なのか?古風な男性観の持ち主なのか?それとも曲解している?
しかし前述の「男は誰しもマザコン」が事実だとしたら、男性読者がこれを受け容れるのは理解できなくもありません。
では、女性読者はなぜ?母性本能をくすぐられるのか?
ついでみたいでなんですが、奇病は毎度のこととは言え、こういうのはストーリーの軸に組み込まないと(たとえば『いま、会いにゆきます』のタイムスリップみたいに)、取って付けた感じになって興を殺いでしまいます。
とにかく、冒頭から66.5%あたりまでがかなり良かっただけに、残念です。
- 2006-06-13 09:23:28
- 市川拓司
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以前に読んだ『恋愛寫眞』(別掲)で、スタイルが好みから外れているように感じたので、その後敬遠してました。しかし、『いま、会いにゆきます』のあまりの人気の高さにフラフラッと。「またけなすことになるんだろうなぁ〜」と思いつつ読み始めましたが・・・意外や意外、なかなか楽しめました。
何が違ったの?
『恋愛寫眞』への不満は別掲の通りですが、要約すると、描写は良かったけど、あまりにも雰囲気重視に傾斜していて、作り込みが甘過ぎ。
『いま、会いにゆきます』はどうかと言うと、精緻に作り込まれていて説得力抜群、などということはまったく無くて、むしろ『恋愛寫眞』以上に雰囲気に流れている。『恋愛寫眞』はまだしもラヴシーンとか女の子の描写に生々しさがあったけど、『いま、会いにゆきます』はそれすらも無くて、さらに甘口。
でも、そこが良かった!『恋愛寫眞』には半端に生々しさがあったから、こちらもつられてリアリティを求めてしまった。その点『いま、会いにゆきます』は終始作り物めいているので、はなからリアリティとか説得力なんか期待しないから、“おとぎ話”と割り切って、それに合わせたモードで読めます。要するに、テーマとか作品世界とかキャラとかが同じトーンで一貫しているので、好き嫌いは別にして、その世界にスーッと入っていけました。
目頭が熱くなることは無かったし(ヒロインに恋できないと泣けないので)、虚弱な主人公はウザかったし、特定の言葉(「そうなの?」とか「すばらしい」など)の反復は興が醒めたし(リズムを出すためとしても、あまりにもベタ)、いくらなんでももう少し捻って欲しかったけど、この世界に入り込むことは存外気持ちよかったし、タイトルの「いま、会いにゆきます」が本編中に出て来たときは、「おお、そう来たか!」と意味も無く感心してしまいました(忘れた頃に出て来たからかも・・・)。
テクニックの冴えは感じなかったけど、独自の空気が作れる点と、作者の感情移入が文面から伝わってくる点が、この作家のいいところかな?

- 2006-04-30 06:21:39
- 市川拓司
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ちょっと趣向を変えてみました〜、ネタバレ実況モード。
滑り出しは快調快調。
女の子の描写巧いなぁ。けっこうリアル。ホントに身近にいるみたい。みゆきも静流(しずる)もいい味出てるわ〜。
痒いのと鼻水ズズッは気持ち悪いけど
笑える。↓「ぼく」のみゆきへの片思い、
分かる分かる。なんか思い出しちゃうよ。いかにも小説っぽいけど、大学生活の雰囲気もいい感じ。期待できそう!
↓この主人公ってやたらと「そう?」「うん」とか言っちゃって、
なんで片言なの?てか、他の奴も片言だし。でもオレ心広いから気にしない。
会話のリズムはいいし。↓お、静流が「ぼく」のアパートに転がり込んで来た。ちょっと展開的に強引な気がするけどフィクションではありがちだよね。こっから面白くしてくれたらいいわけで・・・
↓おお!みゆきが「ぼく」をデートに誘った。「ぼく」の魅力がイマイチ分からないけど、いい雰囲気じゃん。みゆき可愛いし。
↓てかさぁ〜、これだけ分かりやすくみゆきからアプローチされてるのに、鈍感じゃねぇ?「ぼく」全般的にトロ過ぎ。日本語片言だし。
なんか段々ウザイんですけど〜↓静流が成長し始める展開って単なる『Separation』の逆パターンじゃん。
手ぇ抜いてない?まぁ、そういう芸風ってことでいいや。オレ、心広いし・・・
それよかさぁ、静流がだんだん色っぽくなってきたからなびき始める展開ってどうなのよ。
フツーにからだ目当てじゃん。まぁ分かるけどさぁ。
↓出た、「ぼく」と静流のディープキス!
生々しくて何気に迫力あるねぇ。ここ中盤のクライマックスだね。
↓おいおいおい!「ぼく」とみゆきの初デートから静流が消えるまでの間にみゆきはまともに登場してないんですけど。
何のために三角関係にしたの?「ぼく」の葛藤とか全然描いてないし!
↓「ぼく」ってカメラマン志望なのにコンテスト落ちてなんとも思わないわけ?入選した静流を祝福するっていうのはいいんだけどさぁ、「ぼく」的に落ち込むとか悩むとか無いのか?こいつ女と痒みのことしか頭にねぇの?
なんか入り込めねぇよ〜だいたい今頃になって「彼女が撮る写真は特別だった」とか言っちゃって、これどういうことよ!静流って61ページから写真撮り出してんですけど。
伏線とかやんないわけ!?↓ニューヨークでみゆきと再会するのはいいんだけどさぁ、三日後にはばれそうなのに、みゆきが静流の死を隠すっていうのはどういうこと?わざわざニューヨークまで来させてやるような茶番か?
展開粗くない?だいたいさぁ、静流の死因の奇病って意味あんの?こういう奇抜な設定にするんだったら、前半にほのめかして読者を心配させたりとか普通するんじゃねぇの?この展開だったら交通事故で死んでも同じじゃん。
ちゃんと伏線はろうよぉ〜悲しくなれないよ〜
- 2006-04-30 06:21:05
- 市川拓司
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市川拓司氏のデビュー作です。“市川たくじ”名義で刊行されていますのでご注意を。
『Separation - きみが還る場所』と『VOICE』の2編が収録されていますが、読んだのは『Separation - きみが還る場所』のみ。ちなみにTVドラマ化されたそうです。
確かに村上春樹風の言い回しや演出が随所に。夢と現実が相互乗り入れしていたり、ファンタジックな要素がさりげなく織り込まれているあたりも似ています。
でも、猿真似って感じではなくて自分のスタイルとして消化されています。表面的には似ているけど、この作家独自の空気感が漂っていて、この作品の最大の魅力になっています。
中味は村上作品よりはるかに軟派(村上作品だって硬派じゃないのに・・・)。昔読んだ少女漫画を思い出してしまいました。説得力やディテールの作り込みとかは重視されていなくて、もっぱら情緒優位に展開していきます。
終盤、妻が幼児になって以降の緩さが気になってしまいました。そういうのが気になる性格なんです(笑)。
妻が肉体だけでなく精神的にも若返っていく設定だけど、そのあたりの描き方がどっちつかずで中途半端。奇妙な生き物になってました(著者は“両義性”という言葉で処理してたけど)。私見では、ホンモノの幼児っぽく描いた方が哀切感が高まったと思います。
また、男手一つで幼児を育てる状態になるわけだから生活面でも内面的にもいろんなドラマが生まれるはずなのに、奇麗事で流してしまっているのはいかにも。
それと、妻の実の両親が他人事みたいに傍観しちゃっているっていうのはどうなのよ!?ありえなくない???
序盤から中盤にかけては、スムーズで雰囲気たっぷりな文章と若返りという意外な展開に引き込まれかかったのですが、肝心の終盤で興が殺がれてしまいました。引っかかるポイントが1つくらいだったらやり過ごしますが、2つ3つと重なるときついです。
雰囲気本位というのは嫌いではありませんが、作り込みが甘すぎると辛いです。とは言え、もう少しディテールを作り込んでくれたら楽しめそうな気がするし、このくらいのシンプルなストーリーだったらできると思うので、期待を込めてさらにいくつか読んでみます。

- 2006-04-30 06:19:59
- 市川拓司
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